新事業進出・ものづくり商業サービス補助金(以下「新事業進出・もの」)と省力化投資補助金(一般型。以下「省力化」)には、「賃上げ要件」と並んで、もう1つ賃金に関する要件があります。補助事業を行う職場で一番低い時給を、地域の最低賃金より30円以上高く保つという「事業場内最低賃金」の要件です。

時給で働く人だけなら、確かめるのは簡単です。つまずきやすいのは、日給や月給で働く人がいる会社です。時給に直してみると、思っていたより低い人が見つかることがあります。もう1つの落とし穴は、地域の最低賃金が毎年上がることです。今は余裕があっても、要件が問われる数年後には足りなくなっているかもしれません。

この記事では、当社が申請を支援した2社の事例をもとに、要件の中身と落とし穴、防ぎ方をチェックリスト付きで解説します。

※当社が実際に支援した事例をもとにしています。会社が特定されないよう、業種・地域・金額などの一部をぼかしています。

この記事で分かること

※資料は、この記事の公開時点で公開されている公募要領・手引き・よくある質問などです。新事業進出・ものは第1回、省力化は一般型の第8回の資料をもとにしています。資料名のあとのページは、PDFのページ番号です。決まりは補助金や公募の回によって変わります。申請する回の最新の公募要領・手引きで確かめてください。

事業場内最低賃金の要件とは

まず、2つの言葉を押さえます。

要件は、補助事業が終わったあとの3〜5年間(事業計画期間といいます)、毎年、事業場内最低賃金を地域別最低賃金より30円以上高くしておくことです。新事業進出・ものでも省力化でも、基本の水準は同じ「+30円」です(新事業進出・もの 公募要領 p.13、省力化 公募要領 p.11)。

押さえておきたい点は3つです。

  1. 平均ではなく、一番低い1人で見ます。正社員かパートかといった雇い方にかかわらず対象です。ただし、日々雇い入れる人など公募要領で常勤の従業員から外れる人や、最低賃金の減額の特例の許可を受けている人は除きます(新事業進出・もの 公募要領 p.18〜19・応募申請ガイド p.47・よくあるご質問 Q17・Q84、省力化 公募要領 p.15・よくある質問 p.7)。
  2. 毎年、その年の最低賃金と比べます。最低賃金が上がれば、要件の線も一緒に上がります。
  3. 問われるのは補助事業が終わったあとです。応募の時点の余裕より、数年先の余裕が大事です。

基本要件の全体像は、新事業進出・もの「6つの基本要件」のコラムにまとめています。

実際にあったこと:2社の事例

ここからは、当社が申請を支援した2社の事例です。どちらも、+30円の要件がある補助金の申請を準備した段階の話です。

項目D社E社
業種金属スクラップ建設業
要件との差約50円数円
分かったこと日給の人が一番低い改定で差が縮む
対応引上げ幅を試算方針を計画に

D社:時給に直したら、一番低いのは日給の社員だった

D社(金属スクラップの会社)には、日給で働く社員と、時給で働くアルバイトの方がいます。当社は、全員の賃金を厚生労働省の方法で時給に直して確かめました。

日給の分と手当の分を足して比べると、全員の中で一番低いのは、時給のアルバイトの方ではなく、日給で働く社員でした。

注意:時給で働く人の額だけを見て、「一番低いのはこの人」と決めないでください。日給・月給の人を時給に直すと、時給の人より低くなることがあります。

D社:余裕は約50円。でも次の改定で足りなくなる試算

一番低い人の時給を、改定後の地域別最低賃金+30円と比べると、余裕は約50円でした。今の最低賃金で比べれば、要件の水準を上回っています。

ところが、最低賃金が毎年5%上がると仮定して試算すると、時給を据え置いたままでは、次の年の改定で要件を下回ります。要件を守り続けるには、一番低い人たちの時給を、毎年60〜70円ほど上げる必要があるという結果でした。D社は、後で説明する補助率2/3の最低賃金の特例にも当たらない見込みで、+30円の要件がそのままかかります。ただし、特例の判定に使う期間の賃金台帳は手元になく、最近の賃金の資料から見立てた段階です。

E社:要件まで数円。引上げの「いつ・いくら」を計画に書いた

E社(建設業の会社)は以前から、毎年3月に(4月に支払う給与から)、一番低い人の時給を、その時点の地域別最低賃金+90円まで上げていました。

ところが、E社の地域では、最低賃金は秋に改定されます。3月に+90円まで上げても、秋に最低賃金が上がると、差は縮みます。申請の準備で確かめたのは秋の改定のあとで、一番低い人の時給は、要件(+30円)をわずか数円上回るだけでした。秋の上がり幅が60円を超える年があれば、次の3月に上げるまでの間、要件を下回ってしまいます。

そこで当社は、引上げの方針を計画書に書くよう、E社に提案しました。提案した方針は次のとおりです。

このうち「いつも+30円以上を保つ」が守れない年があると、その年の分の補助金の返還につながります。そのため当社は、この方針について社長の了承をとっておくよう助言しました。

公式の決まり:補助金ごとの違い

基本の水準(+30円)は同じですが、確かめる時点などに違いがあります。

項目新事業・もの省力化
水準+30円以上+30円以上
期間計画期間の毎年計画期間の毎年
確かめる時点報告の提出時毎年3月末
未達の年補助金÷年数補助金÷年数
上限特例+50円以上+50円以上

新事業進出・ものづくり商業サービス補助金

省力化投資補助金(一般型)

省力化投資補助金(一般型)の計画づくりの流れは、土木会社のICT建機導入の事例で紹介しています。

「事業場」はどこで見るか

「事業場」の書き方は、補助金によって違います。

どちらも、比べる最低賃金は、補助事業の実施場所がある都道府県のものです。補助事業を行う事業場が複数あるときは、その中で一番低い事業場で判断します(新事業進出・もの よくあるご質問 Q60、省力化 公募要領 p.11・よくある質問 p.3)。

特例・加点との関係

補助率2/3の最低賃金の特例

特例の条件は、補助率2/3の特例を扱ったコラムでも解説しています。

事業場内最低賃金の引上げの加点

日給・月給の人の時給の出し方

どちらの補助金も、時給への直し方は、国の最低賃金のルールに合わせます。公募要領には計算式がなく、厚生労働省の「最低賃金の対象となる賃金」「最低賃金額以上かどうかを確認する方法」を見るよう案内されています(新事業進出・もの 応募申請ガイド p.47、省力化 よくある質問 p.4)。

給与の形ごとの計算

所定労働時間は、就業規則などで会社が決めている働く時間です。分からないときや数え方に迷うときは、都道府県労働局や労働基準監督署に確かめましょう(新事業進出・もの 応募申請ガイド p.47)。1か月平均の所定労働時間は、「年間の所定労働日数×1日の所定労働時間÷12」で出せます(厚生労働省「最低賃金額以上かどうかを確認する方法」の計算例より)。

含める手当・含めない手当

対象は、毎月支払われる基本的な賃金です。実際に払った額から、次の表の「含めない」ものを除きます(厚生労働省「対象となる賃金は?」)。

支払いの種類最低賃金の計算
基本給(時給・日給・月給)含める
職務・役職などの手当含める
住宅手当含める
残業代含めない
休日出勤の賃金含めない
深夜の割増分含めない
賞与(ボーナス)含めない
結婚手当など臨時の支払い含めない
精皆勤手当含めない
通勤手当含めない
家族手当含めない

※住宅手当は、厚生労働省が示す「対象とならない賃金」に入っていないため含めます。D社の確認でも含めました。

計算の例

日給8,000円、1日の所定労働時間8時間、年間の所定労働日数240日の人に、役職手当16,000円・通勤手当10,000円・家族手当6,000円が毎月付く場合で考えます(数字は説明のための例です)。

通勤手当と家族手当まで入れてしまうと、手当の分は200円になり、合計は1,200円です。100円も高く見積もることになり、本当は足りないのに「満たしている」と思い込むおそれがあります。

ポイント:賃上げ要件の「給与支給総額」とは数え方が違います。給与支給総額には、賞与や残業代、住宅手当など、給与として課税されるものが入ります(新事業進出・もの 公募要領 p.12・よくあるご質問 Q78、省力化 公募要領 p.11)。2つは別々の要件で、片方を満たしても、もう片方を満たしたことにはなりません(新事業進出・もの よくあるご質問 Q76)。同じ賃金台帳でも、要件ごとに拾う項目を分けて計算しましょう。

毎年の最低賃金の引上げで足りなくなる落とし穴

要件の線は「その年の地域別最低賃金+30円」です。地域別最低賃金は、国の審議会が毎年引上げ額の目安を示し、都道府県ごとに審議して改定されます(厚生労働省「最低賃金の決め方は?」)。最低賃金が上がれば、要件の線も同じだけ上がります。

たとえば、最低賃金1,000円の地域で、一番低い人の時給が1,080円(余裕50円)だったとします。この時給を据え置いたまま、最低賃金が毎年5%上がると、次のようになります(数字は説明のための仮の例です)。

時点要件の線余裕
今1,030円+50円
1年後1,080円0円
2年後約1,133円約−53円
3年後約1,188円約−108円

この例では、50円の余裕を1年で使い切ります。しかも要件が問われるのは、補助事業が終わったあとの3〜5年間です。要件を守るには、一番低い人の時給も、毎年、最低賃金と同じくらい上げ続ける必要があります。

昇給の時期と改定の時期のずれ

もう1つの落とし穴は、時期のずれです。E社のように、一番低い人の時給を上げるのが年1回で、最低賃金の改定が別の時期にあると、改定のあとから次に上げるまでが、一番余裕の小さい時期になります。

防ぎ方・進め方

1. 全員の時給を一覧にする

賃金台帳から、日給・月給の人も含めて全員の時給を出し、一覧にします。以前の申請で出した数字があれば、今回の計算と比べます。

2. 要件の線と比べて、余裕を出す

「一番低い人の時給−(地域別最低賃金+30円)」が余裕です。比べる最低賃金は、確かめる時点の額にします。自社の都道府県の額と発効日は、厚生労働省の「地域別最低賃金全国一覧」で確かめましょう。

3. 計画期間の終わりまで試算し、「いつ・いくら」を決める

最低賃金の上がり方は、前もって分かりません。D社のように「毎年5%上がる」などと仮に置き、事業計画期間の終わりまで試算します。そのうえでE社のように、いつ上げるか、いくらまで上げるか、改定で差が縮んだらどうするかを決めます。

4. 計画書に書き、経営者の了承をとる

引上げの方針は、人件費に毎年かかわる約束です。計画書に書いたら、経営者に内容を確かめてもらい、了承をとっておきます。賃上げ要件の目標と合わせて、無理のない計画になっているかも見ておきます。

5. 毎年の改定のあとに見直す

最低賃金の改定額が決まったら、一覧を更新して余裕を確かめます。人を新しく雇ったときや、手当を見直したときも、一番低い人が変わっていないかを確かめます。

チェックリスト:事業場内最低賃金

まとめ

事業場内最低賃金の要件は、「一番低い1人の時給を、毎年、地域別最低賃金+30円以上に保つ」ことです。日給・月給の人は時給に直して比べ、残業代や通勤手当などは除きます。

D社では、時給に直してみると、一番低いのは日給で働く社員だと分かりました。約50円の余裕も、時給を据え置けば次の改定で足りなくなる試算になりました。E社では、要件まで数円しかないと分かりました。そこで当社は、引上げの時期と額を計画書に書くよう提案し、社長の了承もとっておくよう助言しました。

要件が問われるのは、補助事業が終わったあとの数年間です。応募の前に、今の余裕だけでなく、数年先まで守れる引上げの方針を決めておきましょう。

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