本業とはまったく違う分野で新しい事業を始めるために、建物を建てる。「中小企業新事業進出補助金」(以下、新事業進出補助金)は、こうした大きな投資を後押しする補助金です。
この記事では、当社が支援した首都圏の会社(A社)の事例を紹介します。A社は専門サービス業を営む少人数の会社です。観光地に訪日客向けの体験型の宿を新しく建てる計画で採択(審査に通ること)され、その後、交付申請(補助の対象にする経費を見積で示し、補助金の額を決めてもらう手続き)を経て交付決定(補助金を出すことが正式に決まること)を受けました。いまは実績報告(事業が終わったあとに、何にいくら使ったかを証拠の書類とともに報告する手続き)の準備を進めています。
採択のあとも、交付申請では約2か月の間に7回提出し、見積の中の「補助の対象になるもの・ならないもの」の線引きを一つずつ詰めていきました。このやり取りには、これから補助金を使う方がご自身の見積で確かめられるポイントがたくさん含まれています。
この記事で分かること
- 本業と違う分野の新事業を、審査で伝わる計画に組み立てる考え方
- 交付申請で「対象外」とされた経費と、その直し方
- 実績報告の前に確かめておきたい書類と、支払いの注意点
事例の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社 | 首都圏の会社(A社)。少人数の会社 |
| 業種(本業) | 法人向けの専門サービス業 |
| やりたかったこと | 観光地に訪日客向けの体験型の宿を新築する |
| 使った補助金 | 中小企業新事業進出補助金 |
| 投資の中身 | 宿の建物の新築(工事費・設計費) |
| 投資の規模 | 総事業費は5,000万円台 |
| 補助金の規模 | 2,000万円台(対象経費の2分の1) |
| 結果 | 採択 → 交付決定 → 実績報告の準備中 |
相談のきっかけと、計画の組み立て方
最初の相談は「民泊」のイメージだった
A社の代表は観光地に土地を持っていて、そこに宿を建てて海外からの旅行者を迎えたいと考えていました。最初にご相談いただいたときは、いわゆる民泊(住宅などを使った小規模な宿泊施設)のイメージでした。
新事業進出補助金の審査では、新しい事業が「新市場性」(世の中にまだあまり広まっていない分野か)と「高付加価値性」(広く知られた分野でも、その中で一般的な水準より高い付加価値・高い価格を実現できるか)のどちらかに当てはまるかが見られます。部屋を用意して泊めるだけの計画では、ほかの宿との違いが伝わりにくく、採択は厳しいと私たちは考えました。
事務局の資料にある例を手がかりにした
手がかりにしたのは、事務局が公表している資料「新市場・高付加価値事業の考え方」です。この資料には高付加価値性の例がいくつか載っていて、その中に、宿泊の分野で地域の魅力と組み合わせた体験を提供し、ほかの宿よりも高い付加価値を目指す、という趣旨の例がありました。
A社の計画は、この考え方に沿って「高付加価値性」で組み立てました。ポイントは次の3つです。
- 相場を数字で示す:その地域の一般的な宿の価格帯をデータで示し、比べる基準をはっきりさせました。審査でも、一般的な付加価値や相場価格を調べたうえで比べているかが見られます。
- 設備ではなく体験で差をつける:豪華な設備(ハード)に頼らず、地元の農家や飲食店、アクティビティの事業者と組んだ体験(ソフト)をセットにして、相場より高い単価が成り立つ理由を説明しました。建物に余計なお金をかけないので、投資額も抑えられます。
- 代表の強みを付加価値につなげる:代表は語学が得意で、海外の経営者や富裕層とのつながりがあります。本業のお客様からも、日本でのビジネスについて相談したいという声が増えていました。そこで、宿泊と体験に、本業の知識を生かした相談や地元の事業者との交流の機会を組み合わせ、「ここでしか得られない滞在」として打ち出しました。審査では、高い付加価値を生む源泉となる強みの分析も問われます。
また、本業は法人向けの形のないサービス、新しい事業は個人の旅行者向けの宿泊と体験で、お客様も売り方もまったく違います。この「今の事業との違い」を、サービスの中身・お客様・売り方・体制ごとに書き分けたことも、計画を分かりやすくするうえで大事な点でした。
許可・体制・資金の段取りも計画に書き込んだ
A社の宿は、営業するのに旅館業法にもとづく許可が必要でした。A社は設計の段階から地元の行政書士に相談しており、許可の取り方を計画書に具体的に書けました。体制の面でも、現地の責任者を新たに雇う予定であること、セルフチェックインの仕組みで人手を抑えること、清掃は外部に任せることなどを示しました。
資金の面では、補助金が後払いであることを踏まえて計画を立てました。新事業進出補助金は、実績報告をして補助金の額が確定したあとに請求し、そこで初めて振り込まれる仕組みです。A社では、補助金が入るまでの資金を自己資金と代表からの借入でまかなう計画にしました。
採択後の交付申請で、何度も差し戻された点と直し方
採択はゴールではない
採択されたあとに出すのが交付申請です。見積書と、見積の中身を1行ずつ書き写した「経費明細表」という様式を出し、事務局が補助の対象になる経費を確かめます。公募要領にも、採択されても計画に書いた経費がすべて対象になるとは限らず、減額や全額対象外になることもあること、交付決定の額は採択のときの申請額を上回れないことが書かれています。
交付申請は、原則として採択の発表から2か月以内に出す決まりで、期限までに出さないと採択が取り消されます。A社では採択後すぐに、事務局の参考様式を使った見積依頼書で同じ条件を示し、施工会社3社・設計事務所3社から見積を集めて、期限内に最初の申請を出しました。1件あたり50万円(税抜)以上の経費は、同じ条件で3社以上から見積を取り、原則として最も安い会社に発注する決まりがあるためです。
指摘は「直して出すと、次が来る」
A社の交付申請は、最初の提出から約2か月の間に、合わせて7回提出しました。指摘は一度にまとめて届くのではなく、直して出すたびに別の点が見つかる形で続きました。主な項目を、ご自身の見積で確かめやすいよう種類ごとにまとめます。
| 項目 | この事例での扱い |
|---|---|
| 防災工事の「諸経費 一式」 | 中身が確認できないとして対象外 |
| 消火器とスタンド | 器具・備品に当たるとして対象外 |
| 外構工事(駐車場・塀など) | 構築物に当たるとして対象外 |
| 工事中の仮設トイレ | 対象外 |
| 見積書の有効期限 | 記載がなく、確認を求められた |
| 応募時より経費の区分が減った | 計画の変更がないか確認された |
| 専門家の費用(営業許可) | 入れ忘れて追加したが対象外 |
| 取得したものの使い道 | 本業に使うと対象外と注意された |
| 見積の値引きの入れ方 | 最後の2回の提出で入れ直した |
見積の中の「対象外」:諸経費、器具・備品、外構、仮設
諸経費(一式):公募要領では、諸経費・一般管理費・現場管理費・雑費など、詳細が確認できない経費は対象外とされています。工事の見積には「諸経費 一式」のような行がよく入っているので、まず探してみてください。
消火器とスタンド:建物費の対象は、税法上の「建物」と「建物附属設備」(建物に付いている設備)に当たるものです。この事例では、消火器とその置き台(スタンド)は「器具及び備品」に当たるとして、建物費から外されました。一方、同じ防災工事でも、火災を知らせる感知器などの設備は対象のまま残っています。
外構工事:駐車場やアプローチのコンクリート、ブロック塀、フェンスなど、建物の外回りの工事です。この事例では、事務局から「構築物に当たる」として対象外とされました。公募要領と補助事業の手引きでは、構築物は、建設・改修する建物に付随して一体的に使うもので、その建物より耐用年数が短いものに限って対象になる、という条件つきの書き方です。外回りの工事は建物本体と分けて見積に書いてもらい、対象になるかを早めに確かめておくのが安全です。
仮設トイレ:この事例では、工事の間だけ置く仮設トイレも対象外とされました。同じ仮設工事でも、足場などはそのまま対象として認められています。
見積書の不備:有効期限が書かれていなかった
交付申請のガイドでは、見積書に「交付申請の時点で有効な見積の有効期限日」を書くよう求めています。ほかにも、発行日、宛名、品名、単位と単価、税込と税抜の両方の金額などが必要です。交付決定までに有効期限が切れてしまった場合は、見積書の金額が上限になります。
A社の施工見積には有効期限の記載がなく、事務局から「無期限ということでよいか」と確認がありました。施工会社に確かめると「発行から6か月」とのことだったので、見積書に書き足してもらって出し直しました。
応募時の計画とのずれ:経費の区分が減った
A社は応募のとき、建物費のほか、機械装置・システム構築費、専門家経費、広告宣伝・販売促進費と、4つの区分で経費を計上していました。ところが、最初の交付申請は建物費だけでした。交付決定の前に採択された計画を変えることは認められていないため、事務局からは「計画に変更はないか」「事業の実施に支障はないか」と確認がありました。
A社では、計画の中身は変えていないこと、システムや宣伝は自社で行ったり無料の支援を使ったりして賄える見通しが立ったこと、事業の実施に支障がないことを説明しました。
一方で、専門家経費(営業許可の手続きを専門家に頼む費用)は、本来は申請するつもりだったのに入れ忘れていたため、追加しました。ただし、この費用は審査の結果、対象外と判断されています。なお、許可などの手続きで役所に払う手数料そのものは、公募要領で対象外とされています。
応募時の計画書に書いていない経費を、交付申請で新たに足すことはできません。反対に、応募時に書いた経費をやめるときは、その理由と、事業の実施に支障がないことを説明できるようにしておきましょう。
取得したものの使い道:「専ら補助事業に使う」
事務局からは、見積に載っている項目(対象外のものを除く)について、取得したあと既存の事業に使う場合は「専ら補助事業に使用」しているとはみなせず対象外として扱う、という注意もありました。
公募要領では、補助事業で取得した財産は、原則として計画書に書いた新しい事業だけに使う必要があります。既存の事業などに使うと、残っている価値に応じたお金を納める必要が出てきます。また、補助事業で建てた建物を、人に貸す不動産賃貸などに転用することも一切認められていません。A社は「本業には使わない」と回答しました。たとえば、宿の一室を本業の事務所や打ち合わせの場所として使う、といった使い方は避ける必要があります。
経費明細表の入れ方:値引きの扱い
経費明細表には、見積書の中身を1行ずつ入力します。A社の施工見積には、工事の区分ごとに値引きが入っていました。補助事業の手引きでは、補助の対象の経費と対象外の経費は分けて扱い、同じ書類の中に値引きがある場合は、その値引きを比率で割り振る(按分する)ことになっています。
A社の交付申請のうち、最後の2回はこの値引きの入れ方の直しでした。最終的には、経費明細表に用意されている「値引き」の区分を使い、どの見積のどの部分の値引きかが分かる形で入れ直しています。値引きの入れ方で補助の対象になる金額も変わるので、見積に値引きがあるときは、入力の前に入れ方を確かめておくと手戻りが減ります。
結果:補助金は応募時より1割弱少なくなった
最初の申請では、仮設トイレや消火器、外構も含めて、施工見積の項目をすべて建物費の対象として入れていました。この時点では、対象経費の2分の1が応募時の申請額を上回っていたため、補助金は上限いっぱいの見込みでした。
対象外の項目が外れた結果、交付決定された補助金は、応募時の申請額より1割弱少なくなりました。それでも、建物本体の工事費と設計費は対象として認められ、最後の提出から約2週間で交付決定を受けています。
対象外にした項目は、見積書の該当する行に「補助対象外」と書き込み、経費明細表でも「補助対象外経費」の区分に分けて、どれが対象でどれが対象外かが一目で分かるようにしました。
実績報告で気をつける点
交付決定のあとは、契約・工事・支払いを進め、終わったら実績報告で「何に、いくら使ったか」を証拠の書類とともに報告します。事務局の確認を経て補助金の額が確定し、そのあとに請求して、ようやく補助金が振り込まれます。A社はいま、実績報告に向けて書類をそろえている段階です。ここでは、事前のチェックで見つかった点と、あらためて確かめた決まりを紹介します。
契約・発注は交付決定のあと
前提として、補助の対象になるのは、交付決定の日以降に契約(発注)し、補助事業の完了日までに納品・検収(納品物を確かめて受け取ること)・支払いまで終えた経費です。交付決定より前に発注・契約・支払いをした経費は、対象外になります。
請求書と振込額のずれは、支払いの前に防ぐ
A社の工事代金は、何回かに分けて支払う契約です。実績報告の準備で書類を突き合わせたところ、1回目・2回目とも、請求書の金額と実際に振り込んだ金額が合っていないことが分かりました。工事請負契約書に書かれた分割の金額も、実際の支払いとずれていました。いまは施工会社と相談しながら、書類を整えています。
実績報告では、請求書と、振込の記録・通帳のコピーを突き合わせて支払いを確認します。実績報告のガイドでは、請求書は契約のあと・支払いの前に出されたもので、金額が契約の内容と一致している必要があり、支払いのあとに出された請求書は認められないとされています。あとから合わせるのは簡単ではないため、分割払いのときは特に、振り込む前に「契約書の支払条件・請求書・振込額」の3つがそろっているかを確かめることが大切です。
支払いは銀行振込で、期限までにすべて
支払いはすべて銀行振込の記録で確認され、現金払いや、ほかの取引との相殺などは認められません(クレジットカード払いは、やむを得ない場合に限った例外で、事務局への事前の相談が必要です)。特に注意したいのが分割払いです。支払いのすべてを補助事業の期間内に終える必要があり、一部でも払い終わっていないと、その契約に含まれる経費がすべて対象外になります。A社でも、最後の支払いを完了の期限までに終えることを、最も大事な確認事項にしています。
契約額が見積より上がったとき
A社の工事の契約額は、交付決定のときの見積より上がりました。補助金の額は、交付決定で決まった額が上限です。この事例では、上がった分は補助の対象に含めず、全額を自己負担として扱う形で整理しています。
実績報告では、工事が終わったあとの最終的な工事費の内訳書を出す決まりです。A社では、補助の対象の部分と対象外の部分が分かるよう、施工会社に区分を示した内訳書を用意してもらう予定です。
また、費用を抑えるため、もともと対象外としていた外構の工事内容を見直しました。この事例では、補助の対象の部分には関わらない変更だったため、計画変更の承認申請は不要と判断しています。交付決定のあとに、補助の対象の物やサービス、経費の配分、事業の内容などを変えるときは、前もって計画変更の承認が必要になる場合があり、承認を受けないまま進めた経費は対象外になります。変える前に必ず確認しましょう。
契約書の収入印紙、保険、工事の写真
- 収入印紙:工事請負契約書に収入印紙が貼られているかが確認されます。なお、印紙代そのものは補助の対象外です。
- 保険・共済:補助事業で建てた建物には、補助率以上の付保割合(建物の価値に対して保険で備える割合)の保険・共済に入り、保険証券の写しなどで証明する必要があります。
- 写真:建物は、工事前・工事中・工事後に撮影します。工事前と後は外観と内観、工事中は内観です。外観は建物の対角にある2つの角から、内観は部屋ごとに対角の2つの角から撮るよう決められています。工事前の写真はあとからは撮れないので、着工前に必ず撮っておきましょう。
実績報告には期限がある
実績報告は、補助事業が完了した日から30日を過ぎる日か、補助事業の完了期限の日の、どちらか早い日までに出す必要があります。期限までに出さないと、交付決定の取消しなどにつながります。A社では、必要な書類ごとに「済」「要修正」「作成中」をつけたチェックリストを作り、工事の進み具合に合わせて少しずつそろえています。
この事例から学べるコツ・注意点
A社の経緯から、これから補助金を使う方に確かめていただきたい点を、チェックリストにまとめました。
- 「部屋を用意して泊めるだけ」で終わらせず、相場と比べた高い付加価値と、その源泉になる自社の強みを、根拠とともに説明できるか
- 使う予定の経費を、応募時の計画書にすべて書いたか(交付申請で新たに足すことはできない)
- 見積に「諸経費 一式」のような、中身の分からない行が入っていないか
- 置いて使う器具・備品、外構(駐車場・塀・フェンスなど)、工事中だけの仮設物が、建物費に混ざっていないか
- 見積書に有効期限・単位と単価・税込と税抜の金額が書かれているか。50万円(税抜)以上の発注先は、同じ条件で3社以上の見積があるか
- 補助事業で取得する建物や設備を、本業に使う予定がないか
- 契約・発注は交付決定のあとか。支払いは銀行振込で、分割払いの最後の回まで期限内に終わる予定か
- 振り込む前に、契約書・請求書・振込額がそろっているか。工事前の写真、保険・共済、契約書の収入印紙の準備はできているか
扱いは制度や公募の回によって変わることがあります。最新の公募要領・補助事業の手引きもあわせて確認してください。
まとめ
A社の事例は、本業と違う分野の新事業でも、事務局が示す考え方に沿って「何が付加価値なのか」を具体的に組み立てれば、採択につなげられることを示しています。一方で、採択のあとには、見積の1行ごとに対象・対象外を詰める交付申請と、請求書や支払いの記録を一つずつ合わせる実績報告が待っています。
特に建物を建てる計画では、見積の中に対象外の項目が混ざりやすく、補助金の額にも直接響きます。見積を取る段階から「この行は対象になるか」を意識し、施工会社にも補助金の決まりを伝えておくことが、手戻りを減らすいちばんの近道です。
当社では、計画づくりから交付申請、実績報告までを通してお手伝いしています。新しい分野での補助金の活用を考えている方は、お気軽にご相談ください。