ものづくり補助金などには、補助率(かかった費用のうち補助される割合)を引き上げる特例があります。最低賃金に近い賃金で働く従業員が一定の割合いる会社なら、ふつうは1/2の補助率が2/3になります。補助上限額(補助金の額の上限)に届くまでは、設備投資が大きいほど、この差は大きくなります。上限額に近づくと差は縮み、なくなることもあります。
一方で、ものづくり補助金では、補助金を受け取る会社に、賃上げの目標を立てて、交付申請までに従業員などへ伝えておくことが求められます。交付申請とは、採択のあと、補助の対象になる経費の審査を受け、補助金を出すという正式な決定(交付決定)をもらう手続きです。目標を伝えておくことを「表明」といいます。表明していなければ、交付決定の取消しや補助金の返還の対象になります。
この記事では、当社が支援したB社(ものづくり補助金)の事例をもとに、補助率2/3の特例を使うときの確認点と、交付申請で、賃上げの表明を確認できる相手が全員分そろっていないと指摘されたときの直し方を掘り下げます。
B社の事例の全体の流れは、B社の事例紹介にまとめています。
この記事で分かること
- 補助率2/3の特例(最低賃金に関する特例)の条件と、応募のときに出す書類
- 賃上げの表明を、だれに、どうやって行い、何を確認書類として出すか
- B社が受けた「1名分足りない」という指摘と、その直し方
- 目標を達成できないときや表明していないときの返還と、今の補助金での違い
※特に断りがなければ、資料はものづくり補助金の公募要領・補助事業の手引き・交付規程です。資料名のあとのページは、当社が参照した版のPDFのページ番号です。決まりは公募の回によって変わるので、申請する回の最新の公募要領・手引きで確かめてください。
この事例のあらまし
B社は、地方で飲食店を複数営む会社です。名物料理を冷凍してネットで売るため、ものづくり補助金で急速冷凍機などの設備を入れる計画を立てました。
| 項目 | B社 |
|---|---|
| 補助金 | ものづくり補助金 |
| 会社の区分 | 中小企業(小規模ではない) |
| 本来の補助率 | 1/2 |
| 使った特例 | 最低賃金の特例 |
| 特例後の補助率 | 2/3 |
| 特例による差 | 約210万円 |
| 交付申請での指摘 | 表明の確認が1名分不足 |
B社は小規模事業者に当たらないため、本来の補助率は1/2です。ただ、最低賃金に近い賃金で働く従業員がいたため、最初の相談の段階から「特例で2/3にできそうだ」という見立てがありました。最終的に補助の対象になった費用で比べると、2/3の補助金は1/2のときより約210万円多くなります。
B社は特例の条件を満たしており、補助率2/3で交付申請に進みました。ところがそこで、賃上げの表明を確認できる相手が、伝えるべき十数名のうち1名分足りないと指摘を受けます。
補助率2/3の特例とは(B社の回の決まり)
B社が使った枠(製品・サービス高付加価値化枠)の補助率は、中小企業が1/2、小規模企業・小規模事業者と再生事業者が2/3でした。B社が使ったのは「最低賃金引上げに係る補助率引上げの特例」です。所定の賃金水準の会社が最低賃金の引上げに取り組む場合に、補助率を2/3に引き上げるものです(いずれも公募要領)。
条件
B社の回の公募要領では、次の条件をすべて満たす必要がありました。
- 公募要領で決められた1年間のうち、3か月以上
- 補助事業の実施場所で雇っている全従業員のうち
- その都道府県の最低賃金+50円以内で雇っている従業員が30%以上いること
数えるのは、時給で働く人だけではありません。最低賃金は時給の額で決まっているため、月給の人も時給に直して比べます。直すときは、残業代や通勤手当などを除きます(厚生労働省「最低賃金のチェック方法は?」「対象となる賃金は?」)。たとえば最低賃金が1,000円の地域なら、時給(月給の人は時給に直した額)が1,050円以内の人の割合を、月ごとに数えるイメージです(数字は説明のための例です)。
次の場合は使えません(公募要領)。
- 常時使用する従業員がいない場合
- 小規模企業・小規模事業者、再生事業者(B社が使った枠では、もともと2/3)
特例を使うと変わること
- 最低賃金の「+30円」の要件が外れる:ふだんは、事業所内でいちばん低い賃金を毎年、地域別最低賃金より30円以上高くする目標が必要です。特例を使うと、この要件が除かれます(いずれも公募要領)。B社の表明書でも、この目標の欄は「-」になっていました。+30円の要件そのものは、事業場内最低賃金の要件を扱ったコラムで詳しく解説しています。
- 補助上限額を上げる特例とは併用できない:大幅な賃上げに取り組む会社の補助上限額を引き上げる特例は、最低賃金の特例を使う会社には適用されません(公募要領)。
応募のときに出す書類
B社の回では、条件を満たす3か月分の雇用の状況を電子申請の画面に入力し、その3か月分の賃金台帳(対象の従業員の分だけでよい)と、労働者名簿(その事業所の全員分)の写しをPDFで出すことになっていました(公募要領)。B社もこのとおり、3か月分の賃金台帳と労働者名簿を出しています。
B社の記録:どの月も3割以上。ただし余裕は小さかった
B社が応募のときに入力した記録では、決められた1年間のどの月も、最低賃金に近い従業員の割合が3割以上でした。ただし、従業員がいちばん多かった月はちょうど3割で、余裕はほとんどありませんでした。
従業員が少ない会社では、1人採用するだけで割合が大きく動きます。条件は「3か月以上」なので、すべての月で満たす必要はありません。選べるなら、割合に余裕のある月を使うと安心です。当社では、聞き取りの書式に、月ごとの「従業員数」「対象になる人数」「割合」を書き込む表を用意し、あわせて、条件を満たす3か月分の賃金台帳を出してもらっています。
採択のあとに確かめること
特例を申し込んでも、特例なしで採択される場合があります。そのときの補助率は1/2です。その場合、最低賃金の計画や目標を立てていなければ、交付申請の段階で立てる必要があります(補助事業の手引き)。採択のあとは、交付申請の様式などで補助率を確かめ、資金の計画もそれに合わせましょう。B社の回では、事務局が応募の内容をもとに作る交付申請のファイルの経費の表に、補助率が表示されていました。
賃上げの「表明」とは(B社の回の決まり)
ものづくり補助金では、賃上げの目標を自社で決め、交付申請のときまでに伝えておくことが求められます。B社の回の決まりは次のとおりです(公募要領)。
- 何を:給与支給総額(給料・賞与・役員報酬などの合計)と、1人あたり給与支給総額の目標。特例を使わない会社は、事業所内の最低賃金の目標も
- だれに:全ての従業員(パートなどの非常勤を含む)または従業員の代表者と、役員
- いつまでに:交付申請のときまで
- しなかったら:交付決定の取消しと、補助金の返還
給与支給総額にだれを含めるか、パートをどう換算するかといった数え方は、給与支給総額の数え方を扱ったコラムで解説しています。
交付申請の様式にある「表明書」
B社の回では、交付申請で出す様式(事務局が応募の内容をもとに作るファイル)の中に、「賃金引上げ計画の表明書」というシートがありました。事務局あての書面で、次の3つを表明する形です。
- 直近の月の事業所内の最低賃金が、地域別最低賃金以上であること
- 計画の期間に、給与支給総額と1人あたり給与支給総額を、従業員・役員それぞれ目標の率で増やすこと。あわせて、事業所内の最低賃金を地域別最低賃金より決めた額だけ高くすること
- 達成できなかった場合は、事務局の指示に従って補助金の返還に応じること
シートの説明には、進め方が次のように書かれていました。
- 日付・実施場所の住所・会社名・代表者名・表明の方法を入れ、対象者にメールか文書で知らせる
- 交付申請では、表明したことが分かる確認書類をPDFで出す
- メールの場合:全社員に送ったメールの送信履歴と、そのメールの本文
- 文書の場合(通達・電子通達を含む):全社員向けの通達などの発信履歴と、その内容
- 口頭での表明は認められない
B社で起きたこと:「1名分足りない」という指摘
B社の表明のしかた
B社は、表明書のシートをPDFにして、代表者から従業員と役員にメールで送りました。件名は「賃金引上げ計画の表明書」。本文は「従業員各位」で始まり、補助金の申請にあたって表明する旨を伝える短い文です。交付申請では、送信済みメールの宛先の画面、本文の画面、添付したPDFを確認書類として出しました。
事務局からの指摘
1回目の交付申請に対して、事務局から、見積書などの直しとあわせて、表明について次の2点を指摘されました。
- メールアドレスで表明を確認できる人数が1名分足りない。残る1名の表明を確認できるものがほしい
- メールアドレスだけでは確認が大変なので、アドレスの横に名前を書いてほしい
出した画面には、宛先のメールアドレスが並んでいるだけでした。アドレスの中には名前が入っておらず、見ただけではだれのものか分からないものもありました。そして、写っていた宛先は、伝えるべき十数名より1件少なかったのです。
直したこと
- 足りない1名分:残る1名(役員)に宛てた表明のメール(同じ件名・本文・添付)の画面を追加しました。
- 名前の照合:メールの画面の各アドレスの横に、役員・従業員の名前を書き添えた資料を作り、添付しました。
この2つを付けて出し直したあとの差し戻しでは、表明についての指摘はありませんでした。B社は補助率2/3のまま交付決定を受けています。
この指摘から分かること
- 役員も表明の相手:足りなかった1名は役員でした。B社のメールは「従業員各位」で始まっていましたが、B社の回の決まりでは、表明の相手は従業員だけではありません。
- 送ったことと、確かめられることは別:事務局が確かめられるのは、出した書類に写っている範囲です。B社も、確認書類から読み取れない1名分の追加を求められました。宛先が全員分写っていて、それがだれなのかが分かる形にしておきます。
- 名簿と突き合わせてから出す:労働者名簿と役員の一覧を横に置き、宛先を1人ずつ消し込んでいけば、提出の前に気づけます。
達成できないとき・表明していないときの返還
表明した目標は、補助事業が終わったあとも確かめられます。補助金を受け取ったあと5年間(計6回)、給与支給総額や賃金引上げの状況などを報告します(補助事業の手引き)。B社の回の決まりは次のとおりです。
表明していなかった場合
交付決定の取消しと、補助金の返還を求められます(公募要領)。
賃金の目標を達成できなかった場合
- 計画の最終年度に、給与支給総額と1人あたり給与支給総額のどちらの目標も達成できなかったときは、補助金の額に「未達成の割合」を掛けた額を返します(公募要領)。
- 目標は、従業員と役員のそれぞれで達成する必要があります。返す額の計算に使う「未達成の割合」は、まず目標ごとに、従業員と役員のうち達成度が低いほうをとります。そのうえで、2つの目標のうち達成度が高いほうを使います(公募要領、補助事業の手引き)。
- 成長率がゼロやマイナスなら、全額の返還です。
- 付加価値額が増えておらず、かつ計画期間の過半数の年度が営業赤字の場合や、天災など会社の責任によらない理由がある場合は、この返還を求めないとされています。
事業所内の最低賃金の目標を達成できなかった場合
特例を使わない会社では、毎年3月末の時点で目標に届いていないと、補助金の額を計画の年数で割った額の返還を求められます(公募要領)。確認には毎年3月分の賃金台帳が使われます(補助事業の手引き)。特例を使った会社には、この要件がありません。
特例の条件に反していたと分かった場合
交付規程では、大幅な賃上げの特例(補助上限額の引上げ)の返還の表の下に、「公募要領に定める特例措置要件に違反していることが判明した場合」も補助金の返還を求めることができる、という注記があります。また、申請の内容に偽りなどがあれば、交付決定の取消しと補助金の返還の対象になります(交付規程 第19条)。応募のときの数え方に誤りがないよう、賃金台帳と名簿で確かめておくことが大切です。
今の補助金では、名前や条件が違う
ものづくり補助金の公募は終わり、新しい受付は「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」に移っています(ものづくり補助金の公式サイトの案内)。その公募要領など(当社が参照した版)では、特例と表明の決まりが次のように変わっています。
特例:名前は「地域別最低賃金引上げ特例」
- 決められた1年間に、「その時点の地域別最低賃金以上で、次の改定後の地域別最低賃金未満」で雇っている従業員が、全従業員の30%以上である月が3か月以上あること(公募要領 p.17)。月給の人は、残業代などを除いて時給に直して比べます(よくあるご質問 Q92)。
- 数えるのは実施場所ではなく全従業員です。「+50円以内」という決め方でもありません。
- 応募のときに、指定の様式と、その3か月分の賃金台帳(全従業員の分)を出します(公募要領 p.41〜42)。
- 使うと、事業場内の最低賃金の要件(+30円)が外れるのは、B社の回と同じです(公募要領 p.17)。
- 革新的新製品・サービス枠の小規模事業者・再生事業者と、グローバル枠は、もともと補助率が2/3のため使えません(公募要領 p.17)。ただし、同じ条件を満たせば、審査での加点(点数の上乗せ)は受けられます。その場合、+30円の要件は外れません(公募要領 p.49)。
- 新事業進出枠は、小規模事業者も含めて補助率がもともと1/2のため、条件を満たせば特例で2/3になります(公募要領 p.9・p.17)。
- 補助上限額を上げる「賃上げ特例」との併用は、革新的新製品・サービス枠ではできませんが、新事業進出枠ではできます(公募要領 p.16、応募申請ガイド p.17〜18)。併用できなかったB社の回とは、ここも違います。
- 併用しても、賃上げ特例の「+50円」の要件は残ります。事業場内でいちばん低い賃金を、補助事業が終わったあとの3〜5年の計画期間中、毎年、地域別最低賃金より50円以上高くするものです(公募要領 p.16)。地域別最低賃金引上げ特例で外れるのは、基本の要件の「+30円」だけです(公募要領 p.17)。届かなければ、補助上限額を引き上げた分の補助金を全額返します(公募要領 p.16)。
表明:相手は従業員(または従業員の代表者)
- 目標は、従業員の1人あたり給与支給総額の年平均成長率(3.5%以上)です(公募要領 p.12)。
- 交付申請のときまでに、全ての従業員または従業員の代表者に表明します。B社の回とは違い、役員は表明の相手に挙がっていません(公募要領 p.12)。
- 表明していなかった場合は、交付決定を取り消し、補助金の全額の返還を求めるとされています(公募要領 p.13)。
- 補助上限額を上げる「賃上げ特例」を使う会社は、特例の目標(1人あたり給与支給総額の年平均成長率6.0%以上)も、交付申請のときまでに表明します(公募要領 p.16)。
- 審査で評価される「足下の賃上げ」(建物や設備がそろうのを待たずに始める賃上げ)の目標も、採択のあと交付決定までに、従業員へ文書で表明します。していないと、不採択や交付決定の取消しなどになる場合があります(公募要領 p.45、よくあるご質問 Q54)。
ものづくり補助金の中でも、回によっては、特例で数える範囲が「補助事業の主たる実施場所」の従業員、表明の相手が「全ての従業員及び従業員代表者」となっています。回が変わるたびに細かな条件や言い回しが変わります。応募する回の公募要領と、交付申請の案内で必ず確かめてください。
特例と表明でつまずかないための進め方
応募の前
- 小規模事業者・再生事業者に当たるかと、申請する枠を先に確かめる。もともとの補助率と特例が使えるかは、枠によって違う(今の新事業進出枠では、小規模事業者ももともと1/2で、特例の対象)
- 賃金台帳から、月ごとに「従業員数」「対象になる人数」「割合」を表にする。数える範囲(実施場所か全従業員か)と対象の時給の幅は、応募する回の公募要領どおりにする
- 割合に余裕のある3か月を選び、その月の賃金台帳と名簿をそろえる
採択のあと、交付申請の前
- 交付申請の様式などで、補助率が2/3になっているかを確かめる
- 表明する相手の名簿を作る。パートなどの非常勤も含め、回によっては役員も入れる
- 表明書をPDFにして、メールか文書で全員に知らせる(口頭は不可)。全員にメールで届けられないなら、文書で知らせる方法も選べる
- メールなら、宛先が全員分写る送信済みの画面・本文・添付を保存する
- 名簿と宛先を1人ずつ突き合わせ、アドレスの横に名前を書いた照合表を作って添える
交付決定のあと
- 表明の記録と賃金台帳を、事業化状況報告(毎年の報告)が終わるまで保管する
- 毎年の決算のたびに、目標に対する進み具合を確かめる
チェックリスト:補助率の特例と賃上げの表明
- □ 申請する枠で特例が使えるかを確かめた(小規模事業者・再生事業者は、B社の回と今の革新的新製品・サービス枠では対象外、今の新事業進出枠では対象)
- □ 特例の条件(期間・数える範囲・時給の幅・30%)を、応募する回の公募要領で確かめた
- □ 賃金台帳から月ごとの割合を出し、余裕のある3か月を選んだ
- □ 応募のときに出す様式・賃金台帳・名簿の範囲を確かめた
- □ 採択のあと、交付申請の様式などで補助率が2/3になっていることを確かめた
- □ 表明する相手の名簿(パートなどの非常勤を含む。回によっては役員も)を作った
- □ 表明書を、交付申請までにメールか文書で全員に知らせた(口頭は不可)
- □ 宛先が全員分写る送信履歴・本文・添付を保存し、名簿と1人ずつ突き合わせた
- □ アドレスの横に名前を書いた照合表を、確認書類に添えた
- □ 表明の記録と賃金台帳を、報告の期間が終わるまで保管する段取りをした
※決まりは補助金や公募の回によって変わることがあります。申請する回の最新の公募要領・手引きで確認してください。
まとめ
B社は、最低賃金に近い賃金で働く従業員がいたことで、補助率を1/2から2/3に上げる特例を使えました。補助金の差は約210万円です。ただし、条件の割合がちょうど3割の月もあり、従業員が少ない会社ほど、月ごとの数え方が大切になります。
交付申請では、賃上げの表明を確認できる相手が十数名のうち1名分足りないと指摘されました。足りなかったのは役員の1名で、宛先のアドレスだけではだれに届いたのかも分かりにくい状態でした。残る1名分の画面と、アドレスに名前を書き添えた照合表を付けて出し直し、その後この点の指摘はありませんでした。
表明は「送ったかどうか」だけでなく、「全員分を確かめられる形で出せるか」が問われます。名簿と突き合わせてから出すという一手間で、差し戻しの指摘を1つ減らせます。