省力化投資補助金や、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金には「賃上げ要件」があります。従業員の1人当たり給与支給総額を年平均3.5%以上増やす目標を自社で決め、計画の最終年度に達成することが求められます。届かなければ、補助金の一部を返すことになります。
ところが、この「1人当たり」の数え方は、見た目より細かく決まっています。年の途中で入社した人は数えるのか。役員やパート、出向者はどうするのか。当社が支援した会社でも、ここで手が止まる場面が何度もありました。この記事では、当社の4つの支援事例をもとに、数え方で迷った場面と、目標を要件ぎりぎりに置くと危ない理由を掘り下げます。
この記事で分かること
- 1人当たり給与支給総額に、だれを・どの給与を入れるか
- 新事業進出・ものづくり商業サービス補助金と省力化投資補助金の違い
- 事例で迷った7つの場面と、その対応
- 要件ぎりぎりの目標が危ない理由と、申請前の確かめ方
※資料は、当社が参照した版(執筆時点の最新版)の公募要領・手引き・よくある質問・様式です。決まりは補助金や公募の回で変わるため、申請する回の最新の資料で必ず確かめてください。
この記事に出てくる事例
どれも、申請を準備した段階の話です。
| 呼び名 | 業種 | 補助金 |
|---|---|---|
| D社 | 整体院がジムを開く | 新事業進出・もの |
| E社 | 人材関連サービス | 省力化 |
| G社 | 医療・研究向け製品 | 省力化 |
| I社 | 建設業 | 省力化 |
以下、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金を「新事業進出・もの」、省力化投資補助金(一般型)を「省力化」と略します。
まず押さえる:1人当たり給与支給総額の数え方
計算のしかた
- 1人当たり給与支給総額=給与支給総額÷数える従業員の人数です。
- 比べるのは「基準年度」と「計画の最終年度」です。基準年度は、補助事業が終わった日を含む事業年度(決算の年度)です(新事業進出・ものの公募要領、省力化の第8回の公募要領)。省力化の第7回までの回は、応募申請のときの直近の決算期が基準年度です。計画の期間は、補助事業が終わったあとの3〜5年です。
- 伸び率は複利で数えます。基準年度が200万円で、3.5%の5年計画なら、目標は200万円×1.035の5乗=約237.54万円です。17.5%を足した235万円ではありません(新事業進出・ものの「よくあるご質問」。同じ例で、目標は「≒237.6万円」と書かれています)。
含める給与・含めない給与
- 含める:給料、賃金、賞与、各種手当(残業・休日出勤・職務・地域・家族・住宅の手当など)。給与として税金がかかるものです。
- 含めない:役員報酬、福利厚生費、法定福利費(会社が負担する社会保険料など)、退職金、税金のかからない手当。
- 金額は、所得税や社会保険料を差し引く前の額です(省力化の交付申請の手引き)。決算書の「給料手当」とは一致しないことがあります(新事業進出・ものの財務情報の様式の注)。
E社では、個人別の給与の資料に税金のかからない分が入っていないかを、先方に確かめました。
数える人:補助金ごとの違い
数えるのは、その事業年度のすべての月に給与を受けた従業員です(以下「全月分の人」)。補助事業の担当者だけでなく、会社全体で数えます(新事業進出・ものの「よくあるご質問」)。
| 人の区分 | 新事業進出・もの | 省力化 |
|---|---|---|
| 途中入退社 | その年は除く | その年は除く |
| 役員 | 除く | 除く |
| パート | 時間で換算 | 要確認 |
| 出向者 | 様式の注で含む | 条件つき |
| 産休等の時短 | 除いてよい | 除いてよい |
| 日雇いなど | 含まない | 含まない |
- 途中入社・途中退職:除くのは全月分でない年度だけです。翌年度に1年を通して在籍すれば、その年度から数えます。年度ごとに顔ぶれが変わってもかまいません(新事業進出・ものの「よくあるご質問」、省力化の応募申請の手引き)。
- 役員:役員報酬も人数も入れません。ただし、付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)の人件費や、省力化の労働生産性(付加価値額を従業員と役員の人数で割った値)には役員も入ります。
- パート:新事業進出・ものは、パートの就業時間の合計(残業を除く)を正社員1人の就業時間で割ります。正社員が週35時間で週15時間のパートなら0.42人です(小数点以下第3位を切り捨て。「よくあるご質問」)。省力化は、当社が参照した資料に時間で換算する定めが見当たりませんでした。迷うときは事務局に確かめてください。
- 出向者:様式の注では、どちらの補助金も、パート・アルバイト・契約社員・出向者なども従業員に含めています。ただし省力化は、申請する会社が給与を払い、かつその会社の常勤従業員に当たる場合に含むとしています(よくある質問)。新事業進出・ものも、給与支給総額は「従業員に支払った給与等」です(公募要領)。出向者の給与を、自社と出向元のどちらが払っているかを確かめてください。
- 日雇い・試用期間中など:日々雇う人、2か月以内の期間で雇う人、季節的な仕事で4か月以内の人、試用期間中の人です(各公募要領)。派遣社員も、自社の給与には含まれない可能性が高いとされています(新事業進出・ものの「よくあるご質問」)。
省力化では、従業員がいても、基準年度や計画の各年度に全月分の人が0人なら応募できません(公募要領)。公募要領の「補助対象外となる事業者」の一覧には、応募の時点で1人当たり給与支給総額の対象になる従業員が0人の会社も挙がっています。直近の決算期に全月分の人がいない場合は、応募できるかを事務局に確かめてください。
また、申請で従業員数を入れる欄は3つあり、数える人がそれぞれ違います。応募時点の常勤従業員数、労働生産性の従業員数(決算期の人数)、1人当たり給与支給総額の従業員数(全月分の人)です。労働生産性の計算には役員も入りますが、申請画面では従業員数と役員数を別々の欄に入れます。従業員数の欄に役員は入れません(応募申請の手引き)。
足下の賃上げも審査で見られる
新事業進出・ものと、第8回からの省力化では、補助事業の完了を待たずに行う「足下の賃上げ」も審査で評価します。直近の事業年度から基準年度までの1人当たりの伸びが物価上昇率(消費者物価指数が参考値)を上回らない計画は、審査で大幅に不利です(各公募要領・よくある質問)。この目標は交付決定までに従業員へ文書で伝える(表明する)ことが必須です。
実際にあったこと:数え方で迷った7つの場面
1. 従業員が全員、途中入社だった(D社)
D社は整体院を営む会社で、新しくジムを開く計画を立てました。それまで施術は業務委託で回していたため、直近の決算期には従業員がいませんでした。今いる従業員は全員、申請の年の途中に入社した人です。
新事業進出・ものは、応募の時点で従業員が0人なら対象外ですが、D社には従業員がいました(公募要領)。ただ、全月分でない年度は1人当たりの計算に入らないため、申請の年は数える人が0人です。直近の年にも数える人がいないので、様式では足下の賃上げの伸び率が「-」と表示されました。
当社は、これを審査で弱みに見える点の一つと考え、説明のしかたをD社に提案しました。D社の計画書では、足下の賃上げを説明する欄に、「補助事業の完了を待たず、決まった時期に全員の基本給を目標の率で引き上げる」という具体的な予定が書かれています。「-」になる理由(直近の年に数える従業員がいないこと)は、分けて説明されています。
2. 出向者の給与は、自社で約束できない(D社)
D社には、グループ会社から出向で来ている人もいました。財務情報の様式の注では、出向者も従業員数と給与支給総額に含みます。しかし出向者の給与を決めるのは出向元です。D社が「毎年この率で上げます」と約束しても、守れるかをD社だけでは決められません。
そこで当社は、出向の受け入れを基準年度より前に終え、その後はグループ内の業務委託に切り替える形を提案しました。D社からも異論はなく、計画はこの形になっています。なお、付加価値額の人件費には、その年に負担した出向の費用も入っています。人件費と給与支給総額は、数える範囲が違う別の数字です。
3. 人数は「何に使う人数か」で変わる(G社・E社)
G社(大人数の、医療・研究向けの製品のメーカー)では、人数の出どころが資料によって違い、役員の人数はどの資料にも書かれていませんでした。決算書には役員報酬の科目がなく、給料手当に混ざっていました。人数に役員が入っているかを登記簿などで確かめるよう、点検で指摘しました。
E社では、計画書の従業員数が「その年に給与を受けた人数」になっていました。途中で辞めた人も入るため、期末の人数より多くなります。労働生産性に使うのは決算期末の人数なので、当社は、法人事業概況説明書(法人税の申告で出す書類)の期末の人数に直すよう助言しました。
4. 1人の採用・退職で率が動く(E社・I社・D社)
E社は人材関連のサービス会社で、従業員は多くありません。直近の年の全月分の人のうち、半分以上が短時間のパートでした。E社の計算では、パートも1人として数えています。そのため、人の入れ替わりで1人当たりの額が大きく動きます。E社で試算すると、次のようになりました。
- パートを数名採用すると、伸び率は要件(3.5%)の半分以下に下がる
- 給与の高い人が1人辞めると、伸び率は2%台に下がる
反対に、パートからフルタイムに変わった人がいたため、1人当たりの伸びが大きく出た年もありました。
E社は、表明する目標を、要件をわずかに上回る率のままにしました。人の入れ替わりで率が下がりやすいためです。一方、当社の点検(審査員の目線で読む点検)では、賃上げが要件ぎりぎりであることを弱みの一つに挙げています。目標の高さは、審査での評価と返還のリスクのつり合いで決めることになります。
I社(建設業の会社)の計画書では、計画期間中に採用する人の給与が、今いる人の平均になっていました。D社の計画書でも、採用は、D社の希望どおり「今と同じ水準の正社員」になっています。実際に低い給与で採用すれば、1人当たりの伸びは下がります。
5. 余裕がごくわずかだった(G社)
G社では、給与の伸びは要件を0.1ポイントあまり上回るだけで、労働生産性の伸びも要件をわずかに上回る程度でした。最終年度の人数が計画より1人多くなるだけで、要件を割る計算です。計画は、平均より年収の高い専門人材を毎年採用することが前提でした。大人数の会社でも、余裕がこれだけ小さいと1人の違いで結果が変わります。
6. 本文の表と様式の数字がずれた(I社・E社)
I社では、計画書の本文の表の給与支給総額が、様式(事業計画の数値を入れる指定の表)の数字とずれていました。本文の表に、決算の数字をもとにした収支計画の値が入っていたためです。差は1%に満たない額でしたが、当社ではこれを「いちばんやってはいけないミス」の一つとして扱っています。同じ項目に数字が2つあると、どちらが正しいのか読み手に伝わらないからです。
直し方は単純で、様式と同じ項目の行は、様式の値と項目名をそのまま使います。省力化では、申請システムに入力した数字が正しいものとして審査されます(応募申請の手引き)。
E社では1人当たりの額が1円ずれていたため、当社は、本文を様式の表示(四捨五入した値)に合わせるよう助言しました。
7. 様式の端数で、ちょうどの率が下回って見えた(D社・E社)
D社の目標は、要件と同じ3.5%でした。ところが様式では、伸び率が3.4%と表示されました。財務情報の様式が、伸び率の小数点第2位以下を切り捨てて計算するためです(様式の説明)。当社は、昇給後の月給を千円単位で切り上げて、3.5%と表示されるようにすることを提案しました。D社の計画書は、この形になっています。あわせて、従業員に表明する率・本文・様式・社内の賃金の決まりを同じ数字にそろえるよう助言しました。
省力化のE社でも、様式の計算で小数第2位の表示が変わり、表明する率と合わなくなることがありました。E社の計画書では、給与の見込みの端数の扱いが調整され、表明する率とそろっています。
要件ぎりぎりが危ない理由
届かなければ、届かなかった割合で返す
どちらの補助金も、計画の最終年度に自社で決めた目標に届かなければ、補助金の一部を返します(各公募要領)。
- 返す額=補助金の額×(1−実績の伸び率÷目標の伸び率)
- 伸び率が0かマイナスなら、全額を返します。
- 付加価値額が増えておらず、かつ計画期間の過半数の年度が営業赤字の場合や、天災など会社の責任でない理由がある場合は、返還を求めないとされています。
- 省力化で補助の上限額を引き上げる特例(大幅な賃上げ)を使った場合は、引き上げ分を差し引いて計算し、特例の条件に届かなければ引き上げ分も返します。
- 新事業進出・ものの賃上げ特例(合計で年6.0%以上)も、特例の条件に届かなければ引き上げ分を全額返します。給与の伸びが特例の目標に届かないときは、基本の賃上げ要件にも届かなかったものとされ、基本の部分も届かなかった割合に応じて返します(公募要領)。
たとえば補助金1,000万円で、目標3.5%に対して実績3.0%なら、1,000万円×(1−3.0÷3.5)で約143万円を返す計算です(数字は説明のための例です)。目標が要件ちょうどだと、実績が少しでも下回れば返還が生じます。
目標は、交付申請(採択のあと、補助金の額を正式に決めてもらう手続き)までに表明します。相手は、新事業進出・ものは全ての従業員または従業員の代表者、省力化はそれに加えて役員です(各公募要領)。新事業進出・ものでは、表明していなければ交付決定の取消しと全額の返還を求めるとされています。
目標は高ければよいわけでもない
要件より高い目標は、その高さと実現の見込みで審査で評価されます(各公募要領)。ただし新事業進出・ものの応募申請ガイドには、高い目標を立てた場合、実績が3.5%以上でも目標を下回れば未達になると書かれています(例:目標4.0%で実績3.8%)。目標を上げるほど、届かないおそれも、返す額も大きくなります。
ぎりぎりの計画を崩すもの
- 人の入れ替わり:低い給与での採用、パートの増加、給与の高い人の退職(E社・I社・G社)
- 残業や賞与の増減:判定は実際に支給した額で行うため、残業が減れば総額も下がります(新事業進出・ものの「よくあるご質問」)。
- 基準年度の数字は後で確定する(新事業進出・ものと、第8回からの省力化):申請時の基準年度の数字は見込みで、決算で確定した数字を基準に判定します(どちらも、よくある質問の回答)。省力化では、目標の伸び率は変えられません。基準年度に賞与が多く出て基準が上がれば、最終年度に必要な額も上がります。
- 様式の端数:要件ちょうどの率は、切り捨てで下回って表示されることがあります(D社)。
以前の回とは決まりが違うことも
- ものづくり補助金:19次締切の公募要領では、給与支給総額に役員報酬を、人数に役員を含めていました。23次締切の公募要領では、役員報酬を除き、従業員数で割る形に変わっています。
- 省力化:第7回までの回は、伸びを比べる基準(基準年度)が応募申請のときの直近の決算期です。第8回からは「補助事業が完了した日を含む事業年度」に変わり、足下の賃上げの評価も加わりました(第7回・第8回の公募要領)。
- 省力化の第4回まで:要件の中身も今と違い、「1人当たりの伸びが、地域別最低賃金の直近5年間の伸び以上」か「給与支給総額の伸びが年2.0%以上」です(交付規程)。第4回の公募要領では、数え方も違います。1人当たりは、応募申請のときから最終年度まで続けて働く「同一人」だけで比べます。途中で入った人は、その後1年を通して働いても数えません。給与支給総額(年2.0%の方)には、役員と役員報酬も含めていました。
前に使った様式や古い解説を使い回すときは注意してください。賃上げ要件の全体像は補助金の賃上げ要件の比較で、新事業進出・ものの要件は6つの基本要件の解説で紹介しています。
防ぎ方・進め方
- 年度ごとの一覧を作る:名簿と賃金台帳から、入社月・退職月・役員か・パートの就業時間・出向・時短を1人ずつ書き出し、全月分の人に印を付けます。
- 人数を場面ごとに出す:応募時点・労働生産性・1人当たりの人数を別々に出し、出どころ(名簿・法人事業概況説明書など)もそろえます。
- 給与は賃金台帳で集計する:決算書の科目のままだと、役員報酬が混ざったり、売上原価と販売費・一般管理費に分かれて拾い漏れたりします。
- 入れ替わりを試算する:低い給与での採用、パートの増加、給与の高い人の退職でも届く目標かを確かめます。
- 様式で表示を確かめる:表示される率が目標を下回らないか、端数まで見ます。
- 本文の表を様式にそろえる:同じ項目は様式の値と項目名をそのまま使います。
- 表明と記録を残す:目標は交付申請までに、足下の賃上げ(省力化は第8回から)は交付決定までに表明し、記録を残します。新事業進出・ものでは事業化状況報告(補助事業のあと毎年出す報告)で決算書と賃金台帳を出すので、計算の元にした一覧も残しておきます。
チェックリスト:1人当たり給与支給総額の数え方
- □ 年度ごとに全月分の人を数えた(途中入社・退職・時短・試用期間を確認)
- □ 役員報酬と役員の人数を除いた(給料手当に混ざっていないかも確認)
- □ パートの数え方を、申請する補助金の決まりで確かめた
- □ 出向者・派遣社員を含めるかを、決まりと給与の払い方で確かめた
- □ 法定福利費・福利厚生費・退職金・税金のかからない手当を除いた
- □ 基準年度と1年目を、完了予定の月と決算月から数え直した
- □ 採用・退職・パートの増減で、伸び率がどれだけ動くか試算した
- □ 様式に表示される率(端数を含む)が、目標を下回らないか確かめた
- □ 本文の表の人数・金額・率を、様式の値と項目名にそろえた
- □ 目標を表明する相手(省力化は役員も)と時期を決め、記録を残す段取りをした
※決まりは補助金や公募の回によって変わることがあります。申請する回の最新の公募要領・手引きで確認してください。
まとめ
1人当たり給与支給総額は、その年度のすべての月に給与を受けた従業員で数えます。役員は入らず、パートの扱いは補助金によって違います。出向者は、給与をだれが払っているかも確かめます。付加価値額の人件費や労働生産性の人数とも、数える範囲が違います。
今回の4社では、途中入社しかいない年、出向者の給与、人数の使い分け、少人数での入れ替わり、ごくわずかな余裕、本文と様式のずれ、様式の端数と、迷う場面はさまざまでした。目標が要件ちょうどだと、端数1つ、採用1人で届かなくなります。目標を決める前に、人の入れ替わりを含めた試算と、様式での表示まで確かめておきましょう。